古代ギリシアや古代ローマでは、青銅や革製の1枚成形の胸甲が使われていた。これがプレートアーマーの由来であると言える。着用者の動きを阻害しないように、防御面積は最小限に留められた。その後、ロリカ・セグメンタータのような、多数の鉄板を組み合わせたプレートアーマーへが主流となる。1枚成形の胸甲に比べて、ある程度の可動性があり、その分防御面積も広くなり、胸のみならず下腿部を覆うようになった。
古代ローマの末期には、可動性においてさらに優れた鎖帷子が登場する。当初は製作にも手間がかかったために、ごく一部の将軍や上級指揮官のみが着用した。
しかし、中世において鎖の量産技術が確立したため、以降は鎖帷子が主流となる。古代から中世の鎧は、より動きやすく、より防御面積を増やす形式へと発展していったのである。13世紀後半に至り鎖帷子は、頭のてっぺんからつまさきまで、まさしく全身を覆うまでになり、この方針での発達の頂点を迎える。
動きやすさよりも防御力が重要視されるようになるのは、十字軍以降である。異郷での異教徒との戦いは、欧州内での戦闘よりも遥かに過酷なものであり(キリスト教徒同士の戦闘であれば、例えば命はできるだけ奪わず捕虜にする、クロスボウを禁じるなどの約束事があったが、異教徒との戦闘ではそういったものは無かった)、自らの命を守るためにより安全な甲冑が求められたのである。
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騎兵は歩兵から足を狙われる事が多いため、まず、脛を保護するためにショース(鎖編みの靴下)の上に板金を付けるようになった。やがて腕、そして胴体へと、板金で覆う部分の面積は徐々に大きくなっていく。14世紀から15世紀にはこうした鎖帷子と板金の重ね着が主流となっていった。そしてとうとう板金部分でほぼ全身を覆うまでになり、この段階でプレートアーマーは完全に復活したと言える。
北イタリアのミラノはこうした鎧の名産地となり、ことにミラノでは、ミサグリア(ミッサッリャ Misagria)家とネグロリ家の二家を中心に全盛期を迎え、1395年にはトマソ・ミサグリアが騎士叙勲を受けるまでに至っている。